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神戸地方裁判所 平成2年(ワ)1478号 判決 1992年7月01日

主文

一  被告は原告に対し、金一五二一万〇八〇〇円及びこれに対する平成二年一〇月一二日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分して、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は一項について仮に執行することができる。

理由

第一  原告の請求

被告は原告に対し、報酬金一九四五万一八八〇円、及びこれに対する平成二年一〇月一二日(訴状送達の日の翌日)から完済まで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払え。

第二  事案の概要

本訴は、本件貸店舗の新築工事を請負う予定であつた原告が、本件貸店舗を賃借する予定であつた被告に対し、外注先に既に支払い或いは請求を受けている開発許可申請費用等や原告固有の報酬について、商法五一二条に基づく報酬金として請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は土木建築請負業等を目的とする会社であり、被告はパン・洋菓子類の製造販売、飲食店業等を目的とする会社である。

2  被告は、平成元年四月一八日広沢義敬及び広沢敦子(以下「広沢ら」という。)との間で、広沢らが新築予定の貸店舗(以下「本件貸店舗」という。)に関し、乙第二号証の確認書(以下「本件確認書」という。)を交わし、次のとおり合意した。

(一)広沢らは、同人らが所有する神戸市西区《番地略》外の土地(以下「本件土地」という。)上に、被告指定の仕様による本件貸店舗を自己名義で新築し、本件貸店舗を被告に賃貸する。

(二) 被告は、本件貸店舗の内装・設備工事を行い、本件貸店舗をレストラン及びパンの製造販売用建物として使用する。

3  ところで、原告は、本件貸店舗の建築を請負い、本件貸店舗の新築工事を施行する予定であつたため、自社及び外注先のエヌ測量設計事務所等をして、都市計画法所定の開発許可申請手続、基本設計及び実施設計、構造計算、ボーリング調査、一部造成工事等(以下「本件準備行為」という。)を行つた。

4  ところが、被告が平成二年六月本件貸店舗への出店を断念したため、原告は、本件貸店舗についての正式な建築請負契約を締結できず、結局本件貸店舗の建築工事を受注できなかつた。

二  争点

1  原告が被告に対し、原告が本件準備行為をしたことについて、商法五一二条に基づく報酬請求権を有するか否か

(一) 商法五一二条適用の有無

(1) 原告の主張

<1> 原告は、広沢らとの間で本件貸店舗の躯体工事部分の請負契約を締結し、被告との間で本件貸店舗の内装・設備工事部分の請負契約を締結する予定であつた。

<2> 但し、本件貸店舗の躯体工事部分の請負代金は、本件貸店舗の賃貸借契約における建設協力金及び敷金の合計となつて、結局被告が負担することが予定されており、しかも、本件貸店舗は、全て被告の指示に基づき、建物の規模・構造・意匠等の全てが決定されることになつていた。

<3> 従つて、経済的実体は、被告が原告と請負契約を締結して、本件貸店舗を建築するのと何ら異なるところはなく、本件貸店舗建築の目的は専ら被告のためであつて、原告は被告のために本件準備行為をしたのである。

<4> よつて、商人である原告は、商法五一二条に基づき被告に対して、本件準備行為に対する相当額の報酬請求権を有する。

(2) 被告の反論

<1> 原告と直接請負契約を締結したのは広沢らであり、被告は、右請負契約により建築される本件貸店舗を広沢らより賃借することが予定されていたため、本件貸店舗の設計等につき希望するところを述べたに過ぎない。

<2> 被告は原告との間で本件貸店舗の請負契約を締結する意思はなく、本件貸店舗が完成してもその所有権は広沢らに帰属するのであり、原告は広沢らのために本件準備行為をしたのであつて、単なる賃借人に過ぎない被告の本件準備行為をしたのではない。

<3> 原告は、建設協力金や敷金を云々するが、建設協力金は利息こそつかないが全額被告に返還されるものであり、敷金にしても返還が予定されているものである。

<4> 従つて、原告は、本件準備行為をしたために費用を要したのであれば、請負契約の直接当事者である広沢らに請求すべきであり、原・被告間には商法五一二条適用の余地はなく、原告が被告に対し商法五一二条に基づき報酬金を請求するのは筋違いである。

(二) 損害賠償の予定

(1) 被告の主張

<1> 被告は平成元年四月一八日広沢らと本件確認書を交わし、広沢らが本件土地上に本件貸店舗を建設し、被告にこれを賃貸することになつたが、原告も本件確認書に記名捺印した。本件確認書では、本件貸店舗の建設工事に過大な費用を要するときは、この確認書を解除することができ、その場合の損害賠償の予定を二〇〇万円と定められていた。そして、被告は同日広沢らに右二〇〇万円を支払つた。

<2> 原告が平成二年五月一八日被告に対し、本件貸店舗の建築工事費用の最終見積書を提出したが、それによると、本件貸店舗の総工事費は三億五九〇〇万円にも達しており、当初の原告説明(約二億二〇〇〇万円)を大幅に超過していたことから、被告は平成二年六月一九日原告に出店辞退、即ち本件確約書の解除を伝えた。

<3> 従つて、被告は、損害賠償の予定として約束し、既に支払つている二〇〇万円以上の金員を支払う義務はない。

(2) 原告の反論

本件確認書での損害賠償の予定は被告と広沢ら間の約定であり、原告の被告に対する本件報酬金請求とは何の関係もない。

(三) 停止条件の未成就

(1) 被告の主張

<1> 被告は、昭和六三年一二月児玉道夫を通じて本件土地を紹介され、隣接地にはオートバックスが出店する予定であるとの説明を受け、オートバックス及びレストランの複合店舗である「コットンクラブ」の現地視察をした上で、平成元年三月児玉に、オートバックスが隣地に出店することを条件に、被告が本件貸店舗に出店する意向を伝え、原告もそれを了知した。

<2> 被告は、平成二年一月一一日原告からオートバックスの出店辞退を知らされ、オートバックスとの複合効果を期待していたことから驚いたが、原告から、代替店として洋装品店「山形屋」を始め出店を希望している企業は多いとの説明を受けたため、その結果を待つことにした。しかし、オートバックスに匹敵する集客能力を有する企業の出店は実現しなかつた。

<3> 以上の次第で、被告の本件貸店舗への出店は、隣地にオートバックスが出店することを停止条件としており、原告もそれを了知していたこと、隣地にオートバックスに匹敵する集客能力を有する企業の出店が結局実現しなかつたこと等に照らすと、被告の出店辞退には何ら問題がなく、原告が被告に対し被告の出店辞退を理由に本件報酬金を請求することは許されない。

(2) 原告の反論

隣地へのオートバックスの出店が、被告の本件貸店舗への出店の条件となつていた事実はない。

2  原告が被告に請求しうる報酬金額は幾らが相当か。

(一) 原告の主張

(1) 原告が外注先から請求を受け、あるいは支払済の金額

<1> 開発許可申請費用(エヌ測量設計事務所) 三二九万六〇〇〇円

<2> 建築設計費用(株式会社ケンニックス) 八二四万〇〇〇〇円

<3> ボーリング費用(日本リサーチ株式会社) 三七万〇八〇〇円

<4> 土地造成費用(日通建設株式会社) 一五四万五〇〇〇円

(2) 原告固有の報酬金額 六〇〇万〇〇〇〇円

(3) 以上合計 一九四五万一八〇〇円

(二) 被告の反論

仮に被告が原告に対し幾らかの報酬金支払義務があるとしても、原告が請求する報酬金額は過大である。即ち、

(1) 開発許可申請費用

見積書では二六〇万円となつている。

(2) 設計費用

見積書では三〇〇万円となつている。

(3) ボーリング費用及び造成費用

別建物を建てる際にも有用なデータであることは否定できず、全額を被告に請求するのは不当である。

(4) 原告固有の報酬額

見積書には設計デザイン料として三〇〇万円となつており、これを越えることはない筈である。

第三  争点に対する判断

一  争点1(報酬請求権の存否)について

1  争点1(一)(商法五一二条適用の有無)について

(一) 認定事実

(1) 本件確認書の締結等

《証拠略》によると、次の事実が認められる。

<1> 神戸市から本件土地の払下げを受けた広沢らは、昭和六三年神戸市西農業協同組合を通じて原告に対し、本件土地上に自己名義で建物を建築し、この建物を賃貸して収益を得たいので、賃借人を探してほしいと依頼してきた。そこで、原告はこの賃借先を探し、広沢らから建物の建築工事を請け負うことによつて、利益を得ることができるので、昭和六三年一二月頃右賃借人の募集を児玉道夫に依頼していたところ、平成元年三月一〇日頃児玉から被告の紹介を受けた。

<2> しかして、原告担当者(工務部営業部長の弓削清三)は、平成元年三月中旬から同年四月中旬にかけて、被告担当者(被告会社の事務部門を統括しているベル管理株式会社の営業開発課長北崎新哉、同三井英雄、同鷹津某ら)から被告希望の新築建物の規模・構造等を聞き、広沢らから賃貸条件を聞く等して、両者間の調整に当たつた。その結果、被告は平成元年四月一八日広沢らと本件確認書を交わし、原告も右確認書に立会人として記名捺印して、原告・被告・広沢ら間には概要次のような合意が成立した。

(a) 広沢らは、本件土地上に被告指定の仕様による本件貸店舗を自己名義で建築し、本件貸店舗を被告に賃貸する。被告は、本件貸店舗の内装・設備工事を行い、本件貸店舗をレストラン及びパンの製造販売用建物として使用する。

(b) 原告は、広沢らとの間で本件貸店舗の躯体工事部分の請負契約を締結し、被告との間で本件貸店舗の内装・設備工事部分の請負契約を締結する。但し、躯体工事部分の請負代金は、本件貸店舗賃貸借契約の敷金及び建築協力金の合計額と一致させることとし、本件貸店舗の建築代金は全額被告が負担する。

(c) 本件貸店舗の規模・構造・意匠・仕様の全てについて、被告が決定的な選択・判断権を有しているものであり、原告は被告の指示に従い本件貸店舗を建築する。

(2) 本件準備行為等

《証拠略》によると、次の事実が認められる。

<1> 原告は、既に被告から建築計画書の交付を受け、これに基づき被告から本件貸店舗の計画プランを聞かされていたので、これを参考に本件貸店舗の建築計画を進めていくことになり、平成元年四月七日には、被告の依頼により競争店である「神戸屋豊中店」を視察して、被告希望の店舗イメージの把握に努め、その後株式会社フジヤに依頼し、被告とも打合せを重ねる等して、被告の意向を反映させた本件貸店舗の計画案図面を作成し、同年七月五日には被告から、右計画案図面に基づく本件貸店舗の概要についての了解を取り付けた。

<2> そこで、原告は、平成元年七月一四日神戸市開発局に出向き、本件貸店舗の配置図・平面図・立面図を示して、壁及び屋根の色についての行政指導を受け、同年七月二一日からは、本件貸店舗の実施設計図作成のため、フジヤ及び株式会社ケンニックスの担当者と打合せを行い、同年八月二二日には、実施設計の概略が完成したので、日本リサーチ株式会社に依頼して、実施設計図面に従つた本件土地のボーリング調査を実施し、同年八月二三日以降は約二〇回にわたり、被告・ケンニックス・神戸市開発局との間で、実施設計図面の細部にわたる打合せを繰り返し実施し、平成二年三月一三日頃本件貸店舗の実施設計図面が完成した。

<3> その間、原告は、平成元年一一月六日エヌ測量設計事務所との間で、都市計画法所定の開発許可申請のための事前協議手続の打合せを行い、同年一一月八日及び二二日の両日にわたる神戸市開発局との打合せのなかで、本件貸店舗の看板及び身体障害者用スロープについての指導を受け、これに従つた図面の変更を行い、同年一二月八日被告の依頼で、被告の新規店舗である「ベル西神戸店」で色調等の現地調査を行つた。

<4> そして、原告は、平成二年三月一三日下請業者を集め、各下請業者毎に担当部分の実施設計図面を交付して見積りを依頼し、同年三月二五日から四月一一日にかけて、エヌ測量設計事務所との間で開発許可申請のための打合せを行い、同年三月二九日から四月一一日にかけて、日通建設株式会社に依頼して本件土地の一部(市街地調整区域部分)についての造成工事を行い、同年四月一七日に再度下請け業者を集めて、各下請業者から見積書の提出を受けた上、工期の日程調節や細部の調整を行い、同年五月一八日には、下請業者から寄せられた見積りを集計して、原告の見積書を被告に提出した。

<5> また、原告は、平成二年五月七日神戸市開発局の経営管理室に、色彩を付けた本件貸店舗の立体図面を持参して色彩の承認を受け、翌日ケンニックスにその旨を伝えて設計が完了し、この時点で建築確認申請に必要な書類の準備も完了して、いつでも建築確認申請書を提出できる状態にあつた。なお、原告は、既に平成元年一二月二五日神戸市に開発行為事前審査願書を提出し、平成二年四月二〇日前後に各部局から意見書が提出されていたが、同年五月一五日神戸市開発局に開発許可申請書を提出し、同年六月四日神戸市長から開発許可を受け、後は被告の建築着工へのゴーサインを待つばかりの状態であつた。

(3) 本件貸店舗への出店辞退等

《証拠略》によると、次の事実が認められる。

<1> 原告は、平成二年五月一八日被告に見積書を交付し、本件貸店舗の躯体工事費及び内装・設備工事費の総額が三億五九〇〇万円となることを伝えた。すると、被告は平成二年六月一九日原告に対し、建築費一〇〇〇万円の減額、建築協力金と敷金の金額変更、建設協力金と敷金への質権設定、賃貸借契約期間の変更を希望し、同時に、もし本件貸店舗への出店を辞退するとなると、違約金が幾ら位必要かと照会してきた。

<2> そこで、原告は平成二年六月二一日広沢らと打ち合わせて、被告に建設協力金八〇〇〇万円、敷金二〇〇〇万円、月額賃料一五〇万円なら了解すると伝え、同年六月二二日被告に賃貸借契約書を交付した。なお、右賃貸借契約書では、賃貸借期間を平成三年三月初日から平成二二年二月末日までの二〇年間とし、広沢らが被告から受け取る建設協力金八〇〇〇万円については、広沢らが被告に対し、平成四年から平成二二年まで、毎年三月一日限り四二一万円(最終回は四二二万円)宛返済することとされていた。

<3> ところが、被告は、平成二年六月二七日になつて原告に電話で、「被告が当初考えていたよりも建設費が多くなつているのと、レストランの店員やコック等の従業員確保が難しくなつているので、出店を辞退したい。」と言い出し、その後原告らと数回の交渉を経て、最終的には同年七月二〇日過ぎ神戸市西農協で広沢ら立会いの下、本件貸店舗への出店計画を断念したいと申し出た。なお、被告は当初幾らかの違約金を支払う意向を示していたので、原告及び広沢らは被告に対し、広沢ら分の違約金を二三三七万五〇〇〇円、原告分の違約金を二一四五万一八〇〇円とする計算書を交付したが、その後被告は弁護士と相談した結果、原告らには一切違約金は支払えないとの態度に豹変するに至つた。

(二) 考察

(1) 商法五一二条は、商人がその営業の範囲内において他人のためにある行為をなしたときは、費用の償還請求の外に、相当の報酬を請求できるものと定めており、例えば、建設業者が建築主の依頼により、請負契約の締結に必要な本設計をなし、精密な設計図面・構造計算書等を作成し、これに基づき正確な工事費用の見積りをしたが、結局請負契約が締結されるに至らなかつた場合、たとえ両者間において明示的に報酬支払の約束がなされていなくとも、建設業者は建築主に対し、商法五一二条に基づき相当額の報酬を請求できると解されている(東京地裁昭和三四年四月二四日判決・下級民集一〇巻四号八一五頁、東京地裁昭和四一年九月一一日判決・判例時報四六五号四九頁、東京地裁昭和五一年三月三日判決・判例時報八三九号九七頁、福岡高裁平成元年六月一九日判決・判例時報一三六三号一四三頁参照)。

(2) これを本件についてみるに、原告は広沢らとの間で本件貸店舗の躯体工事部分の請負契約を締結し、被告との間で本件貸店舗の内装・設備工事部分の請負契約を締結する予定であつたが、躯体工事部分の請負代金は本件貸店舗賃貸借契約の建設協力金及び敷金の合計額と一致させ、本件貸店舗の建築代金は全額被告が負担することが予定されており、しかも、本件貸店舗の規模・構造・意匠・仕様の全てについて、被告が決定的な選択・判断権を有し、原告は被告の指示に従い本件貸店舗を建設することが予定されていたのであるから、その実質は、被告が原告と請負契約を締結して本件貸店舗を建設するのと何ら異なるところはなく、原告は専ら被告のために、本件準備行為(但し後に認定するように造成工事部分は除く)をしたことが認められる。

(3) 確かに、本件貸店舗の形式的な所有権は広沢らに帰属し、広沢らは被告に建設協力金や敷金を最終的には全額返済しなければならない。

しかし、広沢らと被告間でこのように変則的な契約形態が予定されたのは、現行借地法の下では、一旦建物所有の目的で他人に土地を賃貸してしまうと、地主は借地人から半永久的に借地の返還を受けることができないことから、このような強力な借地権の発生を回避する目的で、賃借人に建物を建てさせこれを地主の所有とし、こうして建設した建物を賃借人に二〇年間賃貸するという契約形態としたのであり、このような契約形態は近時大都市やその周辺で頻繁に利用されているものであつて、その実質は、地主と借地人との間で、新借地借家法(平成四年八月一日から施行)第二四条所定の借地期間二〇年の事業用借地権を設定し、借地人が借地上に事業用建物、即ち本件貸店舗を建設するものに外ならない。

(4) 被告は、原告が本件準備行為に要した費用は、本件貸店舗の所有者となることが予定されていた広沢らに請求すべきであり、単なる賃借人に過ぎない被告に請求するのは筋違いであると主張する。

しかし、広沢らには、元々、独力では本件土地上に本件貸店舗を建設する意思も能力もなかつたのであり、被告が本件土地上への出店を一方的に拒否した結果、広沢らにとつて、原告が被告の指示に従い作成した本件貸店舗の開発許可申請書、本件貸店舗の実施設計図面、建築確認申請書など何の価値も無くなつてしまつたのだから、専ら被告の指示に従いなされた本件準備行為に要した費用を、利益の直接帰属者である被告にではなく、間接的な利益帰属者に過ぎない広沢らに負担させることは、著しく条理に反するものというべきである。

そして、被告自身も、その辺の事情をよく承知していたからこそ、平成二年五月一八日の時点で、原告に対し、「もし本件貸店舗への出店を辞退するとなると、違約金が幾ら位必要か」と照会してきたのであり、更に、平成二年六月二七日(電話で出店辞退)の時点以後も、当初は原告に幾らかの違約金を支払う意向を示していたのであるが、その後被告は相談した弁護士から助言されて、原告らには一切違約金は支払えないとの態度に豹変するに至つたのである。

(5) 以上の次第で、原告は商法五一二条に基づき被告に対し、本件準備行為に対する相当額の報酬請求権を有するものと認めるのが相当である。

2  争点1(二)(損害賠償の予定)について

(一) 認定事実

《証拠略》によると、次の事実が認められる。

(1) 被告は平成元年四月一八日広沢らと本件確認書を交わし、その中で、本件貸店舗の建設工事に過大な費用を要するときは、この確認書を解除することができ、その場合の損害賠償の予定を二〇〇万円と定め、被告は同日広沢らに右二〇〇万円を支払つたが、右損害賠償の予定は、あくまでも被告と広沢ら間の約定であり、原・被告間の取決めではなかつた。

(2) ところで、本件確認書が交わされた平成元年四月一八日当時、被告が原告に対し、床面積が一二〇坪程度の貸店舗の建築を希望し、建築費用は幾ら必要かと尋ねたのに対し、原告が被告に対し、躯体工事部分の建築工事費は坪当たり一二〇万円位かかるが、本件貸店舗全体の建築費用は詳細な建築設計図面ができないと分からないと答えていた。

(3) その後、<1>客席数の確保、厨房の大きさ、社員の休憩室の確保、機械室の設置、<2>福祉条例に基づく通路幅の確保、地下駐車場の確保のため、本件貸店舗の床面積が約三三〇坪に増加した。右増加要因のうち、<1>が被告の希望によるものであり、<2>が神戸市の指導によるものであるが、被告も右<2>も了承していた。

(4) このように、当初の予定に反して建坪が増加したため、当初予想よりも建築費が脹らみ、被告が支払わなければならない敷金や建設協力金額が増大した。

(二) 判断

(1) 前記認定によると、本件確認書での損害賠償の予定は、被告と広沢ら間の約定であり、原・被告間の取決めではない上、本件貸店舗の建築費が被告の当初予想よりも増大したのは、被告の希望や神戸市の指導により、本件貸店舗の建坪が当初の予定よりも増加したためであり、当然のことである。

(2) よつて、被告は、本件確認書での損害賠償の予定を根拠に、原告の本件報酬金請求を免れるための抗弁とはできない。

3  争点1(三)(停止条件の未成就)について

(一) 認定事実

《証拠略》によると、次の事実が認められる。

(1) 被告は、昭和六三年一二月児玉道夫を通じて本件土地を紹介され、隣地にオートバックスが出店する予定であるとの説明を受け、集客につきオートバックスとの複合効果も期待していたことは事実であるが、平成元年四月一八日広沢らと本件確認書を交わし、本件貸店舗に出店することを決めた時点でも、オートバックスが隣地に出店することが、被告の本件貸店舗への出店の条件にしていた訳ではない(乙第二号証の確認書にもそのようなことは記載されていない)。

(2) それ故、被告は、平成二年二月一四日原告から隣地へのオートバックスの出店辞退を知らされた後も、原告や広沢らと本件貸店舗への出店のための交渉を続けていたのであり、それから四か月以上経過した平成二年六月二七日になつて初めて、原告に本件貸店舗への出店辞退の意向を示すに至つたのである。

(3) そして、被告が本件貸店舗への出店辞退に至つた直接的な理由は、被告が当初考えていたよりも建築費が高くつき、採算面で問題があることや、店員・コック等の従業員の確保が難しくなつていたことからであり、隣地へのオートバックスの出店辞退や、オートバックスに匹敵する集客能力を有する企業の出店が実現しなかつたことからではない。

(二) 判断

前記認定によると、隣地にオートバックスが出店することが、被告の本件貸店舗への出店の条件になつていたものとは認められず、被告は、オートバックスの出店辞退を理由に、原告の本件報酬金請求を免れるための抗弁とはできない。

二  争点2(請求しうる報酬金額)について

1  開発許可申請費用について

(一) 《証拠略》によると、都市計画法所定の開発許可申請は、原告の依頼によつて、エヌ測量設計事務所が必要な測量をし、申請書類を作成したのであり、エヌ測量設計事務所は右開発許可申請費用として二六〇万円を見積もつており、被告は原告に対し、商法五一二条に基づく報酬金として、右金額の支払義務があることが認められる。

(二) 原告は、右開発許可申請費用として、エヌ測量設計事務所から三二九万六〇〇〇円を請求されているとして、甲第四号証(エヌ測量設計事務所作成の請求書)を提出しているが、乙第八号証の後ろから五枚目に綴じられているエヌ測量設計事務所作成の御見積書によると、甲第四号証の請求書の金額は水増しされたものであることが認められ、被告が原告に対し右水増し金額の支払義務あるものとは認められない。

2  設計費用について

(一) 《証拠略》によると、株式会社ケンニックスは、原告の依頼によつて、本件貸店舗の建築設計図面、建築確認申請書類、及びこれに付随する構造計算書等を作成し、原告に対しその費用として八二四万円を請求しており、被告は原告に対し、商法五一二条に基づく報酬金として、右金額の支払義務があることが認められる。

(二) 被告は見積書では設計費用が三〇〇万円と記載されていると主張するが、右三〇〇万円は、乙第八号証の御見積書の番号C「内装工事七三一八万二一八五円」中の番号7「経費一七一〇万円」中の「設計デザイン料三〇〇万円」のことであり、本件貸店舗の内装工事部分についての設計デザイン料に過ぎず、本件貸店舗の躯体工事部分及び内装・設備工事部分全体についての建築設計図面、建築確認申請書類、及びこれに付随する構造計算書等の作成費用ではなく、原告が本訴で請求している設計費用が三〇〇万円であるとは到底認められず、被告の前記主張は理由がない。

3  ボーリング費用について

(一) 《証拠略》によると、日本リサーチ株式会社が、原告の依頼によつて本件土地のボーリング調査を行い、土質柱状図を作成して、原告にその費用三七万〇八〇〇円を請求したところ、原告が平成元年一〇月二〇日同会社にこれを支払つたことが認められ、被告は原告に対し、商法五一二条に基づく報酬金として、右金額の支払義務があることが認められる。

(二) 被告は、土質柱状図は本件土地上に別建物を建てる際にも有用なデータであり、原告が被告に三七万〇八〇〇円全額を請求するのは不当であると主張するが、ボーリング調査の位置は、甲第一四号証の3〔46の図面〕に示されているとおり、建物の配置によつて決定されるものであるから、本件土地上に本件貸店舗以外の建物を建設する場合にまで、この調査結果を流用できるものではないことが認められ、ボーリング費用を減額することはできず、被告の前記主張も理由がない。

4  土地造成費用について

原告は被告に対し、本件土地の一部(市街地調整区域部分)についての造成工事費用一五四万五〇〇〇円を請求するが、原告が行つた右造成工事は、広沢らが将来本件土地上に本件貸店舗以外の建物を建設する場合にも必要な工事であり、本件貸店舗の建設計画が断念された現時点においても価値が残存しており、広沢らにとつても有益な工事であつたことが認められるので、原告は、右造成工事によつて直接利益を受け現在でも利益を保持している広沢らに対し、前記造成工事費用を請求すべきであつて、被告には請求できないものと認めるのが相当である。

5  原告固有の報酬金について

(一) 《証拠略》によると、原告は、本件貸店舗の給排水設備工事の図面作成を神姫設備工業に依頼し、神姫設備工業から同図面作成代金二一万六三〇〇円の支払を請求され、本件貸店舗のダクト・空調設備工事の図面作成を日研技工株式会社に依頼し、同会社から同図面作成代金一八万五四〇〇円の支払を請求され、本件貸店舗の電気設備工事の図面作成を寿電気設備工事株式会社に依頼し、同会社から同図面作成代金七七万二五〇〇円の支払を請求され、本件貸店舗のサッシ・建具工事の図面作成を斉藤産業株式会社に依頼し、同会社から同図面作成代金一一万七四二〇円の支払を請求されており、以上の総合計額は一二九万一六二〇円に達していることが認められる。

(二) そして、前記一の1の(一)認定の如く、原告(工務部営業部長弓削清三)は、平成元年四月一八日(本件確認書の交付)から平成二年六月末(出店辞退の申し出)までの間、本件貸店舗を建設すべく、本件準備行為(但し土地造成工事は除く)のため連日の如く奔走しており、それに要した労力・費用・報酬、及び本件準備行為の内容等を考慮すると、被告は原告に対し、商法五一二条に基づく原告固有の報酬金として、四〇〇万円の支払義務あることが認められる。

6  総括

以上の1ないし5の合計額は一五二一万〇八〇〇円であり、被告は原告に対し商法五一二条に基づく報酬金として、右金額の支払義務あることが認められる。

第四  結論

よつて、被告は原告に対し、報酬金一五二一万〇八〇〇円、及びこれに対する平成二年一〇月一二日(訴状送達の日の翌日)から完済まで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務があり、原告の本訴請求は右認定の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条・九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 紙浦健二)

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